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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1595号 判決

控訴人 (第一五九四号) 石井豊次 (第一五九五号) 関井浩三

被控訴人 村松町

主文

控訴人等の各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等は、いずれも、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、提出援用した証拠方法及びこれに対する認否は、控訴人等において、(一)、収入役代理小林幸一は、収入役事故のため、地方自治法第一七〇条第二項第四項所定の独立の職務権限をもつて町長より命ぜられた出納を執行するに当り合計金二十万円を着服横領したものであるから、控訴人等に賠償義務はない。(二)、右小林の犯行は昭和二十七年三月二十七日発覚し、村松町長は直ちに村松警察署に届出たのである。しかして右小林は昭和二十七年七月八日新潟地方裁判所において懲役一年六月に処せられたのである。以上により、時効は遅くとも昭和二十七年七月八日から進行を開始したものであるから、被控訴人が控訴人等に対し賠償を命じた昭和三十一年十二月二十七日当時には民法第七二四条所定の三年の時効は完成していて、本件賠償請求権は消滅していたのである。と述べ、被控訴代理人において、(一)、収入役が存在し執務できる限り、収入役代理の事務は収入役事務の補助の範囲を超えることができない。換言すれば、収入役が死亡、辞任等により後任者未定で欠けたとき又は長期の病気欠勤、長期の出張等のため事務が執れないような事故のあるとき、初めて収入役代理の職務が独立性を帯びるのである。事務に忙殺され席を離れる余暇がないというような場合は右の事故に該当しない。町長は貸借契約を締結したり、借受金を弁済したりする権限はあつても、借入金を収納保管したり、弁済金を支払つたりする職責はない。これは収入役の職務権限である。(二)、本訴は控訴人等に対する善管義務違反を原因とする亡失金の賠償請求である。被控訴人が本件損害と控訴人等が善管義務違反による加害者であることを知つたのは昭和二十七年三月二十七日ではなく、新潟県市町村職員恩給組合より提起された貸金請求事件の敗訴判決正本の送達を受けた昭和三十一年九月十一日である。そして被控訴人は同年十一月二十七日監査委員に監査を請求し、その結果に基き同年十二月二十七日控訴人等に賠償命令を通知し、昭和三十二年五月十三日本訴を提起したので、本件賠償請求権は時効によつて消滅してはおらない。仮りに被控訴人が小林幸一の犯行を知つたのは新潟地方裁判所の刑事判決の日である昭和二十七年七月八日であるとしても、同人は控訴し上告し上告判決の確定したのは昭和二十九年十二月十七日であるから、右犯行を確知したのはこの時である。のみならず、地方自治法施行令第一七二条の二により、亡失金について刑事訴訟が提起されたときは、その刑事判決が確定するまでは、地方自治法第二四四条の二の規定に拘らず、収入役等に対しその損害を賠償させることができないことになつているから、仮令三年の期間を経過しても、刑事判決確定前に本訴賠償請求権が時効によつて消滅することはない。と述べ、控訴人等において、地方自治法施行令第一七二条の二は小林に賠償を命ずる場合の規定である。なお政令である地方自治法施行令が法律の根幹をなす民法の規定を拘束することはできないものである。と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一、収入役が存在し執務し得るかぎり、収入役代理は収入役の管掌する出納事務を補助する範囲を超えることができないから、収入役代理のなした出納はすべて収入役自身がなしたと同様の効力を生ずるのである。収入役代理が収入役の補助機関としてではなく、収入役代理という名義を以て独立に執務し責任を負うのは、収入役が死亡、辞任等により欠けたときか又は長期の病気、旅行等のため執務し得ないような事故があるときである。本件におけるが如く在職勤務する収入役が多忙のため席を離れられない場合は、右のいわゆる事故に該当しないものである。町長は消費貸借を締結したり、借受金を弁済したりする職務権限はあつても、現実に借受金を収納保管したり、返済金を支出したりすることは収入役の職務権限である。故に、本件においては、収入役代理小林幸一は、町長の補助機関として消費貸借の締結、借受金の返済に当つたと同時に、収入役の補助機関として借受金の現実の収納保管、返済金の現実の支出に当つたものといわざるをえない。控訴人等の前掲(一)の主張は、地方自治法第一七〇条第二項第四項にいう「事故」につき右と異る見解に立つものであり、且つ町長と収入役との職務権限を明確に把握しないことによるものであつて、採用することができない。

二、地方自治法第二四四条の二による収入役の弁償責任は、地方公共団体に対し加えた財産上の損失の補填である点では民法上の損害賠償と異ならないが、収入役としての職務上の義務違背を原因とする点において民法上の損害賠償とは性質を異にするものである。元来地方公共団体の職員にせよ、国の公務員にせよ、その勤務関係は公法上の服務関係であつて、この服務関係に基いてそれぞれの職員が負つているところの義務は、普通の民法上の雇傭契約あるいは委任契約上の義務とは性質を異にするものであつて、普通はその義務違背に対しては懲戒という制裁によつて義務違背の責任を問うというのが当り前なのであつて、義務違背によつて金銭上の弁償責任が発生するということは、現行制度の上ではむしろ異例である。この異例を金品を取扱う出納職員に限り特に認めたのが地方自治法第二四四条の二、会計法第四一条、物品管理法第三一条、予算執行職員等の責任に関する法律第三条等の諸規定である。故に、地方自治法第二四四条の二による収入役の弁償責任は、民法上の損害賠償義務とは異る公法上の損害賠償義務と解するのが相当である。尤も収入役の職務違背行為が民法上の不法行為を構成し、それによつて地方公共団体に損害を与えているような場合には、別に不法行為上の損害賠償義務が発生するのであるが、被控訴人の主張によれば、同人の控訴人等に対する本訴請求は、「不法行為」の措辞があるとはいえ、地方自治法第二四四条の二に基く弁償請求であることが容易に了解されるから、右は説示しなくてもよいのである。ところで会計法第四一条、物品管理法第三一条、予算執行職員等の責任に関する法律第三条による国の出納職員の弁償責任については、会計法第三〇条によりその消滅時効は五年であるが、公務員等の懲戒免除等に関する法律で国の出納職員の弁償責任と地方公共団体の出納職員の弁償責任とを同列に取扱つていることからみても、両者を異別に解すべき根拠はない。尤も地方自治法第二二五条第一項にいう地方公共団体の収入中には収入役の弁償金は入らないとの説があるが、収入役の弁償金が同法施行令第一四三条にいう一切の収入に該当することは異論なかるべく、収入役の弁償責任が前記のとおり公法上の賠償責任である以上、収入役の弁償金を地方自治法第二二五条第一項にいう地方公共団体の収入の中には入らないと解すべき合理性はない。してみると、同法第二四四条の二による収入役の弁償責任は、同法第二二五条第一、第五項、地方税法第一八条によりその消滅時効は五年であると解するのが相当である。

既にしかる以上、控訴人等の本件弁償責任の消滅時効がその主張の如く昭和二十七年七月八日より進行を始めたとしても、昭和三十二年五月十三日本訴の提起ありたることは記録上明らかであるから、右の消滅時効は完成したというをえず、したがつて控訴人等の前掲(二)の主張も採用することができない。以上を附加するほか、当裁判所のなす事実の認定並びにこれに基く法律上の判断は、原判決のそれと同様であるから、ここに原判決の理由を引用する。(但し原判決書七枚目裏六行目及び同九枚目表二行目にいずれも「不法行為による」とあるを除く。)したがつて原判決は相当であつて、控訴人等の各控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

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